オールドビーンズの世界へようこそ

上野近辺に用事があったので,予てから興味があった北山珈琲店に珈琲を飲みに行ってきた.北山珈琲店は珈琲専門店には珍しく,完全禁煙で珈琲を頂ける貴重な店.東京には名店と呼ばれる珈琲専門店が沢山あるが,銀座のカフェ・ド・ランブル,表参道の大坊珈琲店,赤坂のコヒア アラビカ,南千住のバッハ,三田のDaphne,さらには3月に訪ねた神保町の珈琲舎 蔵など,そのほとんどが全面喫煙可となっている(バッハだけ分煙).珈琲を待つ間に煙草を燻らせる古くからの客が多いのかも知れないが,煙草嫌いの自分としては中々に辛いところだ.
上野から北に5分ほど歩いて到着.中の様子が伺えないつくりに加えて,入口のドアに事務処理,読書,商談,待ち合わせお断り,30分以内で退出すること,というような但し書きがあり,緊張する.ちょうど,客の入れ替わるタイミングで,店内には一人.メニューを見ると,2年〜15年ほど熟成した様々な種類のオールドビーンズの珈琲が並んでいる.セットも気になったが,迷ったときはこれと決めているマンデリン(3年熟成のマンデリンゴールド,ストレートコーヒー; 900円)を注文した.
ブラインドで陽を遮った,焙煎の香り漂う薄暗い店内で,待っている10分間あまり,少々手持ち無沙汰だった.携帯も禁止,読書も禁止と書かれているので,どうして時間を過ごせば良いものかと思案して,店内を観察することにした.カウンターにはオールドビーンズの瓶や手挽きミル(Turkish Coffee Grinder?)が並び,そこらに大きな焙煎機やコロンビアやブラジルなどとプリントされた麻袋が雑然と置いてある.そうかと思えば,ピアノの上に謎の頭像(カウント・ベイシーらしい)が置いてあったりと風変わりな店内で,面白い.珈琲の味が売り,ドリップは布(ネルドリップ)などと書かれた紙も置いてあり,程よいこだわりを感じる.落ち着いてよく観察すれば,思いのほか居心地の良い店じゃないか.しだいに心に余裕が出てきた.
そうしている間に,珈琲が運ばれてきた.遅れて隣に,水のグラスが置かれる.やや鈍い香り,黒い濃い色.まず一口.どっしりときた.珈琲の味は削ぎ落した原液そのもので,とろみがあるというか,水の存在がほとんど感じられない.温度は熱くなく,やや温めで適温.これまで自分が飲んできたマンデリンとはまったく違った味で,不快な苦味などの雑味を出さずにここまで豆の味を洗練することができるとは驚きだ.味は全く違うが,良く仕込まれた醤油を頂いているような,澄んだ旨味を感じる.すこしずつ啜りながら,時折水で休む.グラスには塊を砕いたという体の氷が入っていて,自分の飲み方で珈琲と合わせて飲んでくださいという雰囲気が伝わってくる.珈琲の量は普通の量なのだけど,ウィスキーか何かを飲んでいるかのように身体に重く響いてくる.酔った.
この味は,豆の熟成によるものだろうか,それとも淹れ方によるものだろうか,興味が湧いてくる.二杯目を頼もうか,豆を買って帰ろうか,など少し迷ったが,いちどに愉しみを浪費することはないかと思い,何も頼まず引き上げることにした.珈琲と思えば一杯の CP は良くないかも知れないが,巷で普通に飲める珈琲とは全く違う次元の味なので,自分は同列に比較しようという気にはならなかった.好みもあるだろうが,珈琲好きなら一度は飲んでおく価値があるだろう.
撮影は全面禁止だが,取材を受けたことはある模様.

会計を済ませて店を出て,しばらく歩いた所でマフラーを忘れたことに気がつき,店へと引き返した.店内には,既に別の客が何組か来ていて,マフラーは入り口のドア近くに丁寧にラッピングされて置いてあった.(マフラーを忘れたことを)気づくのが遅れたことに関して申し訳ない旨言われた後で,一言奥から「またお越しください」.心地よい接客だった.次に訪問することがあれば,10年以上熟成されたジャングルトラジャを頂きたい.
調べてみると,シナモントーストがあるとのことだけど,そんなのあったかな.