慣れない街の居心地のよい空間

代官山のヒルサイドフォーラムに用事があったので,予てから興味のあった猿楽珈琲に寄ってみた.北山珈琲店に行ったときの記事(オールドビーンズの世界へようこそ - ny23の日記)では触れなかったが,貴重な禁煙の珈琲専門店としてずっと気になっていた店.代官山は渋谷まで湘南新宿ライン,そのあと東急東横線で一駅だけれど,渋谷駅の新南口から 1km ぐらいだったので歩いて行った.
代官山(駅)に近づくにつれ,(渋谷ほどではないが)少しずつ居心地の悪さを感じるようになってきた.ファッションの街という雰囲気が増すほどに(靴をのぞけば)全体的に安っぽい服を来た自分が場違いな感じがして気になってくる.最初,店がある辺りでカフェ・フォリオに降りる階段があって,あれ,と思って通り過ぎてしまい,おかしいなと戻って降りてみたら,地下一階,フェリオの向かいに猿楽珈琲発見.分かりやすい看板もなく,知らないとちょっと来れないのではないか.
入ってみると,二人席のテーブルはカップルでほとんど満席.こう書くと,一人ではさぞ入りにくそうだが,店内暗く入り組んだ間取りになっていて各テーブルはそれぞれうまく孤立しており,他の客と視線が合いにくいようになっているので,それほど気にはならなかった.他人の視線を気にしなくて済む,というのは良いものだ.
また,テーブルのみスポット照明があたる作りで,天井は吹き抜け風になっており,二人で来るにも一人で来るにも実に良い雰囲気だ.内装・調度品はレトロな趣きで,気温も寒過ぎず暑過ぎず,すこぶる居心地が良い.雰囲気が良いカフェというと黒磯の 1988 CAFE SHOZO が思い出されるが,あちらは開放的な雰囲気のうえスマートな身なりの店員さんばかりで,中年男性が一人で行くという雰囲気の店ではない(妻と行った).猿楽珈琲の方は,丸眼鏡の気取らない店主が一人と応対してくれるので,肩が凝らない感じ.親父万歳.
昼を抜いて少し腹が減っていたので,苦めの珈琲650円(ドミニカ パラオナAA+インドネシア カロシ,フルシティ)に,レアチーズケーキ 200円とハチミツトースト300円を注文.時間がかかります,と言われたが,確かになかなか来ない.待っている間は水を飲みながら詰将棋を解いていた.ちょっと本でもないと間が持たない感じかもしれない.出された水は氷もなく,冷た過ぎず温過ぎずちょうど適温で,珈琲の味に期待が持てる角がとれたまるい味だった.
果たして30分ほどで珈琲が運ばれてきた.ここで会計.さっそく珈琲を一口.ネルドリップで淹れているわりにさらりとした味わいで,豆を多量に使った濃さは感じないが,適度な苦味の中にしっかりとした酸味があり,なんというか,二律背反的な味が共存している味わいで,どちらの豆も主役です,というブレンド珈琲.面白い.すっきりとした飲み口は,珈琲舎 蔵のマンデリン(こちらはペーパートリップ)に似ている.意外性はないが,丁寧に入れられた珈琲であることが明確に伝わってくる(ふつうに)美味しい珈琲.ちょうど飲み頃の温度で供されるのも好印象.自家焙煎珈琲豆は 700円/100g とのこと.
ついで5分後にレアチーズケーキが来た.レアチーズケーキはねちょっとした歯ざわりで濃厚.なんとなくクリームのようで,珈琲にとても合う.猿楽珈琲ではミルクや砂糖のお供はないのだけど,チーズケーキを口に含んで珈琲を飲んでみると,むしろこちらで調整しながら飲む方が良いような気がしてくる.珈琲にミルクや砂糖を入れると味の変化を楽しむことができるが,一度入れてしまうと元の味に戻ってこれないのが難点.その点,口の中でスイーツと合わせれば,自在に楽しめるというわけ.普段は珈琲単品で頼むことが多いけど,ここは頼む店だな,と思った(200円という値段設定が頼んでくださいと言っているようなもの).さらに5分後トーストが来た.表面カリッと中ふんわり.卵焼きのような厚さだが,ふわふわしているので軽い触感.気をつけないとハチミツがこぼれる.これはこれで美味しいのだけど,珈琲一杯にお供二つは少しバランスがとれていなかったかもしれない.珈琲だけを味わう時間ももう少し欲しかったな.
代官山という立地からか,常連が入り浸るという雰囲気がない.そういう意味で,新しく一人で来るにも実に入りやすい.地下にあるおかげで,通行人の視線にさらされることもないし,考えられた間取りとスポット照明のおかげで,混雑時にも自分の空間をしっかり確保することができる.なんというか,拒否されるところのない,柔らかい店だ.飲むこと,味わうこと,ボーっとすることに没頭でき,ゆったりとした時間を過ごすことができる.渋谷から10分の散歩.また来てみたい.